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ひとあしお先に春・・・④のんびりドライブして~! [2015・2月沖縄本島]

昨日の海。
あの場所は読谷村にある、とあるホテルのグラスボート乗り場なのです。
お泊りされた方はわかるかと思いますが・・・ホテル〇〇アリビラ。
しかしこの日私達が泊まるのは恩納村の、ずっとグレードの低いホテルなんですの[バッド(下向き矢印)]・・・オホホホ。

海岸沿いの景色を眺めつつ、島の西側を走って行くと、次から次へ目に飛び込んでくるリゾートホテル群。
昨日の残波岬ロイヤルは卒業旅行で息子が泊まったところでしたし、外資系のルネサンスリゾートは建ってすぐの頃に両親が泊まっています。
今では修学旅行等でも利用されるホテルムーンビーチは、私の初沖縄で利用したホテルでした。
・・・などと思い出にひたっていたら、この日の宿に到着。
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客船をイメージした建物が特徴的なホテルサンマリーナは、ビーチや砂浜が広がる・・・オンザビーチホテル。
プライベートビーチが目の前で、そしてそこそこの料金設定であったから決めました。
http://www.ishinhotels.com/sunmarina-hotel/jp/
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ベルさんの出迎えを受けて館内に入ると・・・年数は経っていそうでしたが、大きな吹き抜けのある明るいホテルは、いかにもリゾートってムードがありました。
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客室は全室バルコニー付きのオーシャンビューだから、テラスのチェアに座って東シナ海の眺めが満喫出来ます。
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年期が入っているのが否めない、客室全体の雰囲気。
しかしベッドは大きく、清潔感も当然〇。
バスルームとトイレスペースは別で、洗い場のあるお風呂はバスタブも大きくて使いやすかったです。

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県内でも最高と言われる透明度を誇る・・・サンマリーナビーチに隣接するホテルだから・・・。
穏やかな波打ち際の海水も、ほぼ透明。
どうにもならないものの、薄曇りの空が残念でなりません。晴れていたらもっと綺麗に見えたでしょうね。

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スライダープールは勿論、マリンアクビティが楽しめるよう・・・様々な施設が揃っていましたが。。一番の魅力はここ、散歩の出来る海上遊歩道です[るんるん]

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開放感抜群のビーチでのお散歩は楽しい[るんるん]海岸から海辺へと伸びる遊歩道に、長い桟橋&小島。


サンマリーナ6.jpg
透明度を保ちながら・・・広がっていく海の青。エメラルドグリーンのグラデーション。

サンマリーナ7.jpg
沖縄へやって来ると・・・こうして、ひたすら海と空を眺めてしまう事が多い。
普段から仕事をしてるわけではないから、暇な時間ならいくらでもあるのだけど・・そんな私でも、贅沢な時間だと思えます。
地平線へとずっと目をやる。時折、沖を船が通る。
これで翌朝が好天であったら、グラスボートに乗りましたが・・・。

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でも見つけた!岩場の近くでキラキラッと光って見えた、沢山泳ぐルリスズメダイ。
このブルーの熱帯魚は、館内の水上ラウンジの池の中でも泳いでいて・・・翌朝、スタッフさんが餌をまいていました。
橋の下にすぐ姿を隠してしまうのだけど、これってハリセンボンでしょう?
4匹ほどが、ゆったり、ぷかぷか浮いている様子が面白~い。色々なサイズのハリセンボンは、ファミリーなのかしら?
薄茶色で地味い~。ハリセンボン?と違和感を覚えますが、普段は針を身体の後ろの方に向けてピタリとたたんでいると言います。

サンマリーナ9.jpg
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ムクドリ?ヒヨドリ?鳥の名前はわからないのです。
気づいた私達が近づいて行っても、この子は逃げる様子が全くありません。
ホテルへ戻っていく途中にも見た。あれ?
スタッフのオジサンと遊んでいるのは、さっきの鳥かしら?
伺ってみましたら、雛だった時から餌付けして育てたのだそうです。道理で・・・逃げないはずね。

・・・と、そこへリス?
サンマリーナ11.jpg
オジサン曰く、「あれは、マングースさぁ。」ですって。芝生の中央をパターゴルフ場の方へ走っていく、↑の茶色っぽいのがそうなのです。
イヤーン!怖いわぁ[あせあせ(飛び散る汗)]マングースと言えば、猛毒を持つハブと戦う、猛獣じゃありませんか。

ホテルの敷地なのに、珍しいものと出会えてオトクな気分[グッド(上向き矢印)]  どこでなにに出会うかなんて、わからないものですね。
思いがけず・・・良い時間がもてました。

続きます。
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ひとあしお先に春・・・③公設市場でギョギョギョ♪ [2015・2月沖縄本島]

国際通りには、通る人の姿が映るワイドビジョンも設置されています。観光地なんですね。
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今さらながら、どうしてこんなに?電線の本数の多さには・・・驚いた[がく~(落胆した顔)]

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通りに隣接する公設市場は、戦後のヤミ市の時代から那覇市民の台所として親しまれました。60年以上の歴史があると言います。

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入店してすぐ目に入るのは・・・沖縄近海で獲れる、カラフルで色鮮やかな魚介類。県産の島野菜やフルーツ、牛や豚肉の固まりも並びます。
他にはかまぼこ、島豆腐、お漬物に加工品、調味料など沖縄県の食材が一同に集まる事から、大勢の買い物客で賑わうのですね。
またそこに、私達の様な観光客の姿もあるのです。
珍しい食材がギッシリと並ぶ様子は、見ているだけで楽しい[グッド(上向き矢印)]
午前中の早い時間帯だけに、お客さんの姿は少なめでした。前回来たのは午後も遅かったので、もっと賑わっていたように感じられましたが・・・。
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鮮魚コーナーでは、見た事のない珍しい魚に、大きなシャコ貝、伊勢えびにカニなどの店舗が目を惹きます。
居酒屋でお刺身にされたイラブチャー(青ブダイ)の姿も当然ありました。沖縄へ行ったら、イラブチャーを食べないといけませんね[グッド(上向き矢印)]
オジサンと呼ばれる、太いヒゲをもつお魚の姿もありましたし・・・、ハリセンボン(沖縄名:アバサー)も皮を剥がされた、怖い状態で売られているのを見てしまって。。。
ハリセンボンはおいしい出汁が出る魚だそうながら…この後偶然にもホテルのビーチ近くで、家族連れで泳ぐ可愛い姿を見てしまったのでした。
精肉コーナーには沖縄産アグー豚の角煮や中味、ミミガー、豚足(テビチ)、トントロなど。
豚の顔の皮を沖縄名では、チラガーと呼ぶとか。相当リアルです[バッド(下向き矢印)]どうやって食べるのかな?

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二階は食堂街になっています。一階の店舗で買った好きな食材を、調理してもらうのも可能です。
知ってはたけど・・・二階まで上がったのは初めてでした。
食材を買わなくても、沖縄料理店で普通にメニューを頂くことは勿論OK!

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公設市場だけではなく、周辺にあるノスタルジックなお店を覗くのも楽しそうです。
懐かしい昭和のムード、…と言うか昭和三十年代の雰囲気が漂うアーケードが続いて。地方でも今は少なくなってしまった、間口の狭い小さな店舗が軒を連ねています。
そんなお店が多く隣接するこの地域は、ここだけは時がとまってしまったみたいな。
我々観光客にしてみたら・・・買い物に、食事は当然ながら。観光スポットとしての魅力も兼ね備えた市場の周辺なのでした。
お腹がいっぱいで何も食べられなかったけれど・・・せっかくの沖縄、次回はここでご飯を食べてやるぜ[ダッシュ(走り出すさま)]
http://kousetsu-ichiba.com/

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牧志市場を見終えた後は・・・那覇市内を脱出して、国道6号を一路北を目指すドライブ。

途中の読谷村からは海沿いへと入って、海風を感じつつ…今回は残波岬まで行ってみました。
本島中部の中頭郡に属するこの村は、日本の村としては一番人口が多いのだと言う。
海沿いのお花畑、広く栽培されているのが見えたものは・・・
花芽を形作る、開花時期を遅らせる方法として・・・思った通りの、露地栽培の電照菊でした。

今回も特にどこかへ行こうとか・・・全く決めずに来てしまったのだけれど・・・
有名観光地である「万座毛」へは行かず。思いついて車から降りてみたのは東シナ海に面した残波岬なのです。

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残波岬入口から灯台へと続く、遊歩道。

周囲はゴツゴツした岩場が広がり・・・自然のままの海岸線が続いていた。
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高さ約30mの断崖が約2km続く周辺地域、もし晴れていたら、灯台下には真っ青な海が広がっていたであろう[バッド(下向き矢印)]

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沖縄本島で夕日が最後に沈む場所、夕方出かけて夕陽を見るのに適したところです。
曇っていたものの、コートは必要ありませんでした。七分袖のチェニック一枚で大丈夫なんです。

・・・という訳で、今回も続く・・・私の旅日記にお付き合い頂ければと思っております。
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ひとあしお先に春・・・②国際通りの居酒屋さん [2015・2月沖縄本島]

夜の国際通りです。
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特別どこがどうとかって事はないものの、南国の空気が心地良く感じた・・・夜でした。

何時ものようにホテルのフロントでお勧めの店を聞き、食べに行ったのはすぐ近くの「じなんぼう」さん。
お店は国際通りの端の方、ビルの地下一階にある、チョッと隠れ家的なムードの店だと言います。
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階段を下りて行ってみますと、お目々がくりくりの・・・「可愛いボーイ」って思わず呼びたくなる・・・後でご覧いただきますね。
ニコニコっとした笑顔の彼が、ドアを開けて中へ通してくれました。
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沖縄料理店風であり、バーのようでもある店内。奥のカウンターでは、すでに数人のアメリカ人が出来上がっている模様。

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沖縄に来たら、これは食べなくちゃ・・・の海ぶどう。プチプチの食感と、磯の香りがホンノリ香る一品。
去年の宮古島まで知らずにいたのですけど、海ぶどうは決して冷蔵庫へ入れてはいけない。そんなの知っているわぁ~って言われてしまうかな!?
そしてとりあえず・・・の野菜サラダ、これも決まりながら…中身はなんだかキャベツばかりと感じられるサラダでした[あせあせ(飛び散る汗)]
とろとろラフテーはシッカリ炊かれているから、味がしみていて美味しい[グッド(上向き矢印)]

最初は生ビール、ここは当然、オリオンビールながら。。
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せっかくだから泡盛も飲んでみよう・・・とのノリで、ロックで泡盛を・・・。
泡盛の種類が豊富で、希少な品も頂けるとの事。「美ら燦々」は全国酒類コンクールの泡盛部門一位に選ばれたとのお酒。
これまでずっと泡盛を美味しいと思わずにいたものの、泡盛も呑めば呑めるのね。
帰って来てから、今は週に2回は呑んでいます。
衣から鮮やかな緑が透けて見える・・・アーサーや島ラッキョウ、スパム、ポークの・・・沖縄天ぷら盛り合わせ。
アーサ(ひとえぐさ)は青海苔、今はアーサーの旬の時期ですから、生のアーサーの天ぷらが美味しいのは当然です。
アーサーの後にやってくるのが「もずく」の旬なのですね。

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赤身のマグロ、沖縄を代表する・・・青い魚イラブチャー(アオブ鯛)、カンパチの仲間だと言うリュウキュウスギ(琉球スギ)のお刺身です。
脂ののった白身のお魚は、コリコリ食感が美味しかった。
アオブダイ(青武鯛)は岩礁やサンゴ礁に生息する大型魚で、その名のとおり青みの強い体色が特徴の魚です。
また沖縄のマグロは近海で獲れる為、冷凍されない生マグロとして有名だそうです。もっちり食感のマグロでした。
これら熱帯の魚類のそのままの姿に、翌日出かけて行った「牧志公設市場」内でまた出会う事になるのでした。
そして、糸満の炙りかまぼこ。最後の日に決めてあるホテルは糸満、那覇のすぐお隣、空港も近い事からのチョイスでした。

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可愛いバンビちゃんみたいな彼の名前は、リヒト君。
モザなしでOK!との事なので・・・どう、細くて小柄で、お目々がクリクリで可愛いでしょう。
もうひとりのホールスタッフはリサさん、こちらもスマートで小柄で可愛い人なのです。
並んで座ったら、私のデブーが一際目立ってしまう。だから思いっきりモザをかけてしまうのだ。
こんなアットホームなムードの中、泡盛を手に料理を味わう・・・沖縄を満喫した一夜でした。
じなんぼう
夜総合点★★★☆☆ 3.0


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ホテル11階の朝食レストランから見えるのは、コンクリートのビルのみ。那覇市内の街並みを眺めながらの朝ご飯。
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朝のメニューは、チャンプルーやもずく、ゆし豆腐にフルーツも何種類か・・・、地のものも色々あって満足。
追加料金の発生もない基本ホテルながら、立地の良さに加えてCPも良くて、全体的な満足感は高く思えました。
ただし先の九州でも感じた、C国からの観光客の多さ。
福岡も多かったけれど、その比でない沖縄の数の多さには驚くばかり!

声が異常なくらい大きい、グループで歩くから余計に目立つ彼ら。数十年前の日本人も同じようなものだったかと思いますが、それにしてもマナーの悪さには驚くばかり・・・。本人達にその自覚がないといううところが問題よね。
中国で旧正月に当たる「春節」の大型連休中は、沖縄のホテルも空きがない程だったとか。
日本国内でも人気の沖縄は、C国の人にとっても温かで魅力のあるところなのでしょうね。

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駐車場にて。合歓の木みたいな樹木に他の樹木が寄生しているところが面白かった?
ホテルからは牧志の公設市場など国際通りの中心街へも数分の距離。

・・・と言う事で、次回は、市場へ行きます。。

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ひとあしお先に春・・・①「めんそ~れおきなわ」 [2015・2月沖縄本島]

すでに今年も春の到来を告げる「春一番」が吹いたと・・・発表がありました。
寒いのは嫌いだけど2月の月は本当に早い。今週末が過ぎたら、3月に突入してしまうのですもの・・・。
九州レポが終わったばかりながら、2月初めは沖縄へ遊びに行っておりました。
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「八重岳」で咲いていた桜です。ソメイヨシノではなくて、ピンクが濃い彼岸桜なのです。
日本一早い桜まつりとして本島にある本部町の八重岳では、寒緋桜の開花に合わせて「桜まつり」が開催されました。
標高435mの八重岳は、麓から山頂まで沿道にそって寒緋桜が植えられているのです。

行っている間中温かだったのは確かながら・・・天候はイマイチ[曇り]
それでも毎回のごとく、楽しい旅であったのは勿論でした!

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今回も茨城空港発のスカイマーク便を利用しての・・・本島を周る5日間の旅のはじまりです。
まずは空港内のコーヒーショップで小腹を満たしてから。。
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ホットドッグと、メープルシロップのかかったミニホットケーキをぱくぱく[るんるん]
ここへは帰りにも立ち寄ったのだけど、私達の事を店のお姉さんが覚えていて・・・「来たのは2日くらい前でしたっけ?」「いいえ、5日前よ」
「毎日飛行機を見ている仕事って良いなぁ~!乗った事あります?」と聞いたら・・・。
「平日の普段のお客さんは、中国の方ばっかりなんです」「スカイマークでは一度だけ神戸へ行きました」ですって。
この日も中国東北部から、臨時便である「南方航空」が到着しセレモニーがあったみたいでした。

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今回の座席は、機内の一番前の右側。
それで気づいたのだけれど・・・茨城からは秩父、山梨を通っていく航路のようです。
だから何時も東京上空は通らない。今回は富士山の姿は望めず、窓からは雪におおわれた・・・富士五湖らしき湖が眺められました。
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関東はあれ程の快晴、眩しいくらいの日差しがあったと言うのに・・・どんどん怪しくなる空模様の下、神戸空港へ着陸する。

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空港では「くまもんジェット」があったから、思わず撮ってしまったのだ。九州旅行が楽しかっただけに、熊本だって行ってみたいもん[るんるん]
那覇への待ち時間の間には、「たこむすびめし」弁当をパクリ。
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蛸で知られる明石は、神戸のすぐお隣です。これで温かかったら、ホントはもっと美味しいお弁当だったでしょう。

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雲に覆われた沖縄本島。青空だったら良かったのになぁ。
南の島に似合うのは「エメラルドグリーンの碧い海」と、「空」ですよ。
エアー&ホテルの個人パックながら、ホテルのアレンジは可能だったので・・・初日は那覇国際通りに面したホテルをチョイス。
それにしても空港到着からレンタカー店で車を借りるまで、どうしてこれ程時間がかかるのでしょう[バッド(下向き矢印)]
観光地沖縄だから仕方がないけれど、スタッフの数だけは多いものの、効率的ではなく見えた仕事ぶり。その上営利主義な感じも強く・・・。
那覇の街中のわかりにくさ[ダッシュ(走り出すさま)]2日目に恩納村のホテルを目指すも、那覇市内からの脱出に時間のかかった事。
思えば・・・前回の訪問時も思ったのだ。

ゆいレール「牧志駅」の脇に建つホテル。指定の駐車場に車を預け、待っている間暇であったから周りをキョロキョロ。
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置かれている自販機に、懐かしの・・・「Dr Pepper」がさんぴん茶と並んでいます。その上売り切れてる[がく~(落胆した顔)]
「飲むサロンパス」と呼ばれる「ルートビア」と同じ、アメリカ生まれの独特の風味が受け入れにくく・・・好き嫌いが分かれる飲み物のひとつに思えます。お好きな方いますか?

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日中来た事はあったものの、こんな時間は初めてであった。那覇で一番の繁華街ながら・・・南国のムードが漂う。。外を歩いても温かです。寒く感じる事はありませんでした。

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基本料金利用の「南西観光ホテル」は、ご覧のように・・・外観こそかなりきていたけど、客室部分はエレベーターホールも含めてメンテされていてどこも綺麗です。
小さな窓が一個だけの小さな客室、ベッド周りも殺風景でくたびれている感が強い。しかしバス&トイレスペースは意外にも広くて清潔感が感じられました。
デザイナーズ系のホテルや旅館でよく見かける四角い洗面台が置かれていて・・・カッコイイです。家のと取り替えて~![わーい(嬉しい顔)]

さぁ夜は、国際通りへとくり出そう[るんるん]
次回は、島の味です。
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クリント・イーストウッド 監督作「アメリカン・スナイパー」 [映画・DVD]

先週、国内では公開されたばかりの「アメリカン・スナイパー」を観る機会をえましたので・・・今日は映画の話です。
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アメリカ海軍・特殊部隊の元隊員であった、クリス・カイルの自伝「ネイビー・シールズ最強の狙撃手」を元に、巨匠クリント・イーストウッドが映画化した本作。
公開されるとすぐに同.監督作品中でも最大のヒット作となり・・・また22日(アメリカ時間)に開催される、第87回アカデミー賞でも計6部門でノミネートされているのです。

少年クリスが夢見た職業はカウボーイか、軍人。長じて海軍への入隊後は、特殊部隊であるネイビーシールズのチームに配属され、狙撃手として働いた・・・クリス・カイル=ブラッドリー・クーパー。
原作に惹かれたブラッドリー・クーパー自身が映画化を希望したと言う。
ギリギリまで体重を増やしての、渾身の役作りのせいか、まさに本人そのもののように感じられました。
すでに著名な俳優であるのに、出演作を観ていなかった私はキャリアさえ未知のまま。
本作がお初であったのだけれど、しかしその存在感は圧倒的であり、地味な戦争映画といったジャンル・・・に関わらず冒頭から引き込まれてしまったのであった。

特に有名な俳優さんの出演もなく・・・その辺りも新鮮な気持ちで受け入れられた事と関係しているように思えます。
アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた過去の二作品、「世界にひとつのプレイブック」「アメリカン・ハッスル」と、どちらも未見なので演技力についても不明ながら、俳優を目指す若者であれば、誰もが憧れるあの「アクターズ・スタジオ」で演劇を学んだとの事なので、実力派であるのは間違いないものかと。。
「アクターズ・スタジオ」は・・・ケヴィン・スペイシー、メリル・ストリープ、ジュリア・ロバーツ・・・等、オスカー受賞俳優・映画監督へのインタビュー内容で構成された番組。
日本では「・・・・自らを語る」のタイトルで不定期に放送される・・・「アクターズ・スタジオ・インタビュー」でお馴染み。
放送するのに気づいた時、贔屓にしている俳優の時など、私も数回見ています。

戦場を舞台とする映画で真っ先に思い浮かぶのは、S・スピルバーグ監督の「プライベート・ライアン」です。
第二次世界大戦中のノルマンディー上陸作戦。映画の冒頭、オマハ・ビーチ上陸の大迫力シーンは、海辺に浮かぶ大量の死体、真っ赤に染まった海。・・・と相当エグイものがありました。

本作ではまず音響効果の凄さにやられました。
本物の地震がおきたのかと思った、戦場となる町並みを進む戦車の音がリアルそのもので…そこから観客も一気に戦場へと導かれてしまうのでした。
戦地に赴いた彼は優れた「狙撃手」として味方の命を救ったのだが、覗き込むスコープの先にあるのは兵士やゲリラだけではない。
爆弾をかくし持つ女性や子供もいたのだ。
自らが子をもつ親として、愛する妻のいる夫として・・・躊躇い、しかし常に的確な判断を委ねられる狙撃のシーンは、当然ながら緊張の連続です。
共に戦う仲間が、目の前で苦しみながら命を落とすこともあった。
イラク武装勢力からは「ラマディの悪魔」と恐れられた・・・男でも、多くの苦悩を抱えもつ。。

極限状態の中で生きぬいた後、アメリカの家族の元=日常生活に戻って暮らす。ようやく自分を取り戻すのも、つかの間。
通算4度もの任務の追行。
帰国して普段の生活に戻ったからと言って、気持ちが簡単に切り替えられる訳もなく。心ここにあらずと言った状態が続く中、夫の言動に振り回される妻。
やるか、やられるか。綺麗事で済まされない戦場での日々が続いて。。帰国しても、自宅へ帰る事さえできなくなってしまう・・・戦争が彼の中に残した残がいの大きさ。
相当な精神力の持ち主とはいえ、真の意味で、戦場からの帰還はあったのだろうか。

撮影はロサンゼルスで、時事に疎い私でも、まさか中東で撮れる訳はないと思った・・・戦闘シーンはモロッコだそうです。
除隊後に、同じように戦場での体験が元で精神を止んでしまった若者に関わった結果・・・

観る側に解釈を委ねた、映画のラスト。沈黙の意味で?エンドロールが流れる間は「音のない間」がとってありました。
それでも席をたつ人の姿はなかったような。。

「 許されざる者」「ミリオンダラー・ベイビー」で二度のオスカーを受賞。
その後も「ミステック・リバー」「硫黄島からの手紙」と撮る作品はどれもが傑作ばかり。
俳優としてだけでなく監督として、優れた仕事をし続けているクリント・イーストウッド。
戦場を題材にしたものでは、「硫黄島からの手紙」があります。
http://plaza.rakuten.co.jp/simarisu2/diary/200704280000/
外国人から見たら同じように見えてしまうであろう日本人のキャラ、その一人一人をキッチリと描いた。
心に残る作品。監督としての力量が大いに感じながら、観た覚えがあります。
その前に公開された・・・アメリカ側から見た硫黄島の戦い「父親たちの星条旗」・・・こちらは残念ながら未見でしたが・・・。
同じく監督作品で観ているものに、社会問題を扱った「チェンジリンク」があります。
http://plaza.rakuten.co.jp/hana7899/diary/200903110000/

アメリカン・スナイパーを観て、思い出してしまったのが・・・キャスリン・ビグロー監督作品「ハートロッカー」でした。
アメリカ軍爆発物処理班の活躍を描いた映画は・・・観客である我々も同じく、見ている間中緊張にさらされる。
任務の終了後、また命の危険を顧みず戦場へと戻ってしまう・・・彼らにとって戻っていく先が家族の元でなく、戦場である点も共通しているのです。
http://hana2009-5.blog.so-net.ne.jp/2011-12-03

これまで長きに渡って、世界の戦闘地域へと自国の若者を送り続けてきた・・・アメリカ。
そんな国のあり方、人と人が戦う意味。様々な複雑さを・・・我々観客へ委ねた、ラスト。
同じ戦争映画とはいえ、エンターティメント性を重視するS・スピルバーグ監督との違いは大きくて。。。エンタメ要素も少しはあるものの・・・容易に善悪など問えない、監督の一筋縄ではいかない作品作りへの姿勢が垣間見られたように思えました。

小さい頃から心優しく、正義感の強い子供であった。いつも戦地の子供達を救いたいと・・・
最近、耳にした(〇藤の母)の・・・言葉が虚しく響く。。
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イタリアン「TRATTORIA SCACCOMATTO」さん [食]

先週末の日曜日は母のお誕生日という事で、3人でお昼を食べに実家の近くにあるイタリアン「TRATTORIA SCACCOMATTO(トラットリア スカッコマット)」さんへ。
本当は17日なのだけど、平日はこれ見えても私の方が忙しくて・・・前倒しでしてしまったのです。
マンションの1階にある店舗は目立たないから、知らないでいたらきっと通り過ぎてしまうと思いますが。。。
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近所でオシャレで、美味しいランチ・・・と言うと、こちらになってしまうのでした。

つい先日も弟夫婦と入店しようとしたら、予約でいっぱいだったと言う。
だから今日は嬉しいなぁですって。
・・・と言いつつ、3人ともチョイスしたのは・・・メインがチョイスできるB コース・2,950円ではなくて。サラダ仕立ての前菜にパスタを合わせたA コース、当然それは私のお財布と相談してなのでした。

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センスの良い、生花が華やかに飾られた店内。チェスをイメージした白と黒を基調としたシックで落ち着きのある内装。
撮ってしまったのは・・・マダム不在で、ホールを担当していた男性スタッフさん。イケメンなのだけど、一応モザをかけておきましょう。

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テーブルの上におかれた店名のロゴが入ったガラスのプレートはもうお馴染みのもの。3人だったけど、大き目のテーブルに案内されました。

トラットリア スカッコマット7.jpg    トラットリア スカッコマット5.jpg
イサキのカルパッチョがついたサラダ仕立ての前菜。
自家製有機野菜のサラダは、バルサコミ酢が効いていて、食欲アップ間違いなしの味わい[グッド(上向き矢印)]
せっかくなので、ワインで乾杯を[バー]
赤も白も、どちらも爽やかで飲みやすい。両方ともイタリア産のワインだそうです。
色々説明があったものの、全然頭に入っていない私[あせあせ(飛び散る汗)]どうしてかなぁ[バッド(下向き矢印)]
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全粒粉、干しイチジク入りと、自家製パンが2種類、エスカルゴみたいなプレートはオリーブオイルが入れられるのかと思ったら・・・それはないみたい。
以前訪問した時の日記を見ていたら・・・コースのサラダにしても前は生ハムがタップリ添えられていましたから、変わってしまったのね[バッド(下向き矢印)]

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それぞれが選んだパスタも、勿論美味しいです。
左から・・・私の燻製した魚と、フキノトウ、カラスミのペペロンチーノ。真ん中は飛んで・・・母のはフランス産ホロホロ鳥と白マイタケのパスタでした。
量はどれも多め、パンのお代わりをしないで正解です。

トラットリア スカッコマット10.jpg
デザートは、ホロホロッとした食感のイタリア風焼き菓子に、ジェラードの盛り合わせ。
サービススタッフさんと会話中、母がさりげなく「お誕生日だから、食べにきました」ってアピールを。この辺りはまだ中々シッカリしていると思わされました[わーい(嬉しい顔)]

なので・・・、母のプレートには特別にメッセージが入っています。
さり気なく気遣ってくださって、お兄さんありがとう[グッド(上向き矢印)]
火の灯された一本のろうそくと、薄いサブレ生地のクッキーにイタリア語?で書かれた「「お誕生日おめでとう!」のメッセージ付きです[ぴかぴか(新しい)]
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このくらいのでも嬉しそう、ご満悦!と言った笑顔をご覧あれ!って、モザかかってますけど。。

ドルチェに合わせて、〆のコーヒーはエスプレッソをチョイス。サッパリとした後味で美味しかったです。
前菜がチョッと充実、メインのお肉かお魚が付くか、付かないかの違いだけなので・・・Aコースでもじゅうぶんでした。
夜までずっとお腹が全く空かなくて、困ってしまったくらい。どのメニューも一品一品丁寧に作られていて美味しかったです。

食べて素直に美味しくて、ニコニコしてしまうお店ってそう多くはないもの。
満席の店内、カウンター越しに厨房で働くオーナーシェフ、セコンドシェフの姿が見えましたけれど。。
料理を楽しんで作っている様子が伺えました。
奥のワインセラーには、ボトルキープされたワインも見えました。ここは良いワインが置かれていそうですね。
シェフは、ジビエ料理もお得意らしい。手頃なお値段で頂けたら、食べてみたいな~~!

おトイレに入ってみたら・・・。
          トラットリア スカッコマット2.jpg
イタリア商工会議所をはじめとしたイタリア政府公認機関により 選ばれると言う「Ospitalia' Italinana(オスピタリア・イタリア‐ナ)」に 認証された証しが壁に飾られていました。

数あるイタリア料理店の中から本場と変わらないクオリティーのイタリア料理店のみに与えられると言う。
http://picoten.exblog.jp/


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ラーメンの街 佐野で、これだけのレベルのお料理を味わうことが出来るのは嬉しい。
また実家の近くと言う立地の悪さ、私の子供の頃など、もうとんでもない田舎でしたもの。
そんな土地でもって長く続いている事も、元住民としては嬉しい限りなのでございます。
次は弟に連れてきてもらおうと、帰り際シッカリとショップカードを手にしてきた母。
82歳で一人暮らしだけど・・・ワインも、イタリアンも美味しく頂けちゃうって、まだ大丈夫よね。


行く時にケーキの代わりに「しもつけ彩風菓 松屋」さんのいちご大福を買っていきましたので。

栃木名産の苺「とちおとめ」を使って日本初とも言える・・・3Lサイズの苺で、見えるタイプの苺大福の販売を15年ほど前に始めた「松屋」さん。
「栃おとめ」の本場、地元栃木でもいちご大福の意外性が受けて…その後は連日開店時には行列が出来るお店として知られるています。
平成20年には、新店舗「しもつけ彩風菓 松屋」をオープン。ローカル店であった「松屋」さんの頃から度々買いに行っていた我が家でした。
今頃の季節、特に休日ともなれば・・・整理券が配布されて、オープン時にはすでに売り切れているのも経験済みながら・・・。
この時は9時のオープンに合わせて着くように、、「もしかしたら買えるかな?」くらいの気持ちで行ってみました。
まずは満車の駐車場、整理するガードマンさんの姿にビックリ!
店内でいちご大福を買い求めるお客さんの姿の多さには、また驚きました。
目的のいちご大福は一番人気の商品だけに、皆さん買っています。大福の販売は、一個ずつではなく箱入りのみながら。
それも一人で買えるのは三パックまで。たかがいちご大福、そんなに買う人いるの?と思ってしまうのだけれど。。
しかし我が家以外は、皆さん2箱、3箱と抱えて並んでいるのでした。

・・・・と、ここまで書いたら期待しちゃいますよね。

では・・・では・・・


イチゴ大福松屋1.jpg   イチゴ大福松屋2.jpg
買い求めてきた・・・いちご大福。
苺のサイズが大きくて、ジューシーかつ甘いものが使われているから、苺だけでも十分美味しく思えるのです。
                                      イチゴ大福松屋3.jpg
フワッフワの柔らか~いお餅、中のこし餡との相性も良くて、とにかく上品ないちご大福という感じがしました。
http://saifuuka-matsuya.com/

これで夜はお鍋にビールも飲んで。。昼も、夜も、お腹いっぱいの日曜日でした。

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「和食 富久吉」さんへ [食]

関門海峡のふぐを食べてきたばかりだというのに・・・
その翌週、家に遊びにやって来た息子家族。
今回は息子と孫娘であるこっちゃんとの二人でしたが・・・その二人と一緒に行ったのは、元ふぐ屋さんである「和食 富久吉」さん。
富久吉1.jpg

富久吉2.jpg   富久吉3.jpg
こっちゃんはエビフライ大好きだから・・・「これがいい」って、ビッグなエビフライののったお子様ランチで決まり!って毎回、これを選んでしまうのだけれど。。。
地元の酒蔵のお酒「四季桜」をヒヤで、呑んだのは私じゃないです。
勿論、息子の方ですので。。…その上写真もピンボケ[あせあせ(飛び散る汗)]

私と息子は当然、限定10食である「ふぐさしランチ」にしました。
富久吉4.jpg
ふぐさしに、茶わん蒸し、煮物の鉢の他に、小鉢が二つ、稲庭うどんにお寿司。デザートの果物まで付いているのだ。
夫は・・・茶碗蒸し、煮物、肝吸いのついた、うな丼です。

どのメニューを選んでも品数が多くて、ボリュームタップリなのが嬉しい。
リーズナブルな割りに、お料理は味の方も美味しいのだから、言う事ありません。
これ、家で作ったらと思うと・・・タイヘーン。
ただフグの味は、やはり本場で食べてきたばかりでしたのでイマイチだったかな[バッド(下向き矢印)]・・・などと言いつつ、微妙な味わいの違いなど全然わかっていない私です[あせあせ(飛び散る汗)]
こちらのお店は接客も良くて、小さな子供連れで行くと、帰りに必ずチョッとしたお土産がもらえます。
子供はそんな些細なものでも少しは遊べるのだから・・・
バリアフリーの造りの店内、スタッフさん達の感じも良く・・・毎回、人に優しい良い店だなぁと思ってしまうのでした。
http://www13.plala.or.jp/fukuyoshi/


家に着いてからは、一緒におやつを作って食べたり・・・新幹線のレールを組み立てて遊んだり・・・。
また近くの川まで、鳥や鯉のエサやりに行ったりと・・・泊まりじゃなくて、日帰りで遊びに来るのはやはり忙しいです。

富久吉5.jpg富久吉6.jpg
家では頂きものの余ったイチゴは毎年、冷凍保存しておきます。
それをこうして、かき氷機でかいて・・・アイスクリームか練乳をかけて食べてから、それが気にいってしまったこっちゃんでした。
ピンクのかき氷機は息子が幼い頃に買って使っていたもの、「昭和」のムードが漂っています。
食べたい時、彼女は「くりんくりんやりたい」とリクエストを。それが今回は「しゃりしゃりする」に変わっていました。
表現はどちらも合っているのだけれど、こうして色々な面でもって少しずつ成長しているのでしょうね。

右の方、大きく開けた口からも・・・出来た!嬉しい!美味しい[るんるん]って感じが出ていますでしょう。
それと対照的なのが・・・ソファでグタ~~っとお昼寝中であるパパ。

夕ご飯の支度をしている時も、色々なものがあるお台所は好き[グッド(上向き矢印)]そう、お手伝いするが大好きなのです。
食後のデザートもそうでした。「お手伝いをしてくれるかな?」と聞くと、すぐに「あんぱんまん(の割烹着を)着る」と答えます。
          富久吉8.jpg
これはパイナップルとイチゴの盛り合わせの上に、冷凍してあったブルーベリーを散らしているところです。
でもちゃんと平均的にのっているか見て、考えている。
さらにおミカンを剥いて、周囲に並べてみたりして…皆で「綺麗に出来たね。まるでケーキみたいね!」などと・・・こんな小さな事でさえ楽しい[るんるん]
それ程食べられないものの、こうやって大人と同じようにお手伝いをするのが楽しくて仕方がないみたい。
夕ご飯を食べた後、何時ものように東京まで車で送っていった私達[車(セダン)]
最後の見送りの時は、大きな声で「気をつけて帰るんだよ~~!」ですって。爺じと婆ばはもう嬉しくて、切なくて、涙が出てしまうじゃないか[たらーっ(汗)]
楽しみにしていただけに、あっと言う間に過ぎてしまったと感じる一日でした。
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冬の九州へ・・・⑰飯塚の新名所で終わり [2015・1月福岡・佐賀・長崎]

私は朝ドラの熱心なファンではありません。ましてや嘉納伝助こと吉田鋼太郎がタイプとかではないのだけれど。。
福岡空港まで戻る途中に通りがかった・・・また時間も少し残っていたものだから・・・
最後に立ち寄りしたところは、こちらでした。
伊藤伝衛門1.jpg

筑豊の五大炭鉱主のひとりである、伊藤伝右衛門(ドラマ「花子とアン」では、嘉納伝助として登場しました)と、歌人・柳原白蓮が過ごした旧邸宅です。
          伊藤伝衛門2.jpg
なーんて言いつつ、ミーハーでスイマセン[あせあせ(飛び散る汗)]
                                 伊藤伝衛門3.jpg

白蓮の輿入れの際に伝右衛門は、大規模な自宅の増改築を行いました。
明治30年代に建てられたこの屋敷は、伝右衛門の人生の変遷そのものが反映されていると言われています。

伊藤伝衛門4.jpg
貧しさの中を生きた子供時代、経済的繁栄を手に入れた後、身分を超えて白蓮を迎え入れた…。
そうした伝右衛門の人生とともに、増改築を繰り返し、立派な庭園を持つ大邸宅へと変化していった屋敷です。
長い塀の中に広がる・・・2300坪の敷地。そこに建てられている・・・部屋数25室という広大な家屋。

貧しさから身を立て、筑豊の「石炭王」にまで上り詰めた伊藤伝右衛門。
最初の妻を失った彼は明治44年、柳原前光伯爵の娘・燁子=白蓮を妻として迎え入れる事となる。
伝右衛門50歳にして、若く美しい花嫁を迎えたのであった。
日本建築の粋を集めて改築したのが、この「旧伊藤伝右衛門邸」です。

伊藤伝衛門5.jpg
全体が数寄屋造りの和風建築ながら、玄関を入って左の応接間は本格的な洋風の造りで。。暖炉=マントルピースには、アール・ヌーヴォー調の英国タイルが使われています。


          伊藤伝衛門7.jpg
見上げたら、中央部分が張り出した・・・船底型に見える天井の造り。
板の張り方が目の錯覚を呼ぶ、実際には平面である天井なのでした。

伊藤伝衛門8.jpg
内部はどこも京都からわざわざ宮大工を呼んで技を尽くさせたという、細やかな美の技法に満ちて・・・。
巧妙な竹細工が編まれている床の間の天井など、目に見えない隅々にまで「粋」が凝らされた屋内。伝右衛門が白蓮を迎え入れる決意のようなものが、そこかしこから伝わってくるように思えました。

          伊藤伝衛門9.jpg

時代が明治に入って・・・近代国家を目指した日本。そんな中、我国の近代化に果たした石炭の役割は計り知れないものがあっただろう。
国内にも、人馬以外の動力が必要とされる時代が到来した。導入された蒸気機関車や製鉄のための高炉には当然、燃料として石炭が必要となったのだ。
「富国強兵」を目指す明治政府が産業の基礎としたのは、外貨を稼ぐための「絹産業」、造船のための「製鉄業」、そしてエネルギーの供給は「石炭業」であったと言います。

その後の日露戦争がもたらした「富」が、形になって残った・・・旧伊藤伝右衛門邸。

伊藤伝衛門10.jpg
見るものを圧巻させるもののひとつに、この華麗な…日本庭園があります。

彼の死後この屋敷は一度売却されて、とり壊しなどの方針も検討されておりました。
しかし、文化遺産として存続を求める飯塚市民の署名運動によって市に譲渡が決まり、現在は一般に公開中なり。
                               伊藤伝衛門6.jpg
「花子とアン」コーナーを楽しむ・・・アヤシイ来館者。これは見せてはいけなかったかも?
だって誰でもアンに変身出来ちゃう・・・バスケットと帽子が置いてあるのですもの。何でも楽しまなくてはね[るんるん]・・・と言いつつ、悪のりだったかなぁ?

私の来館中も、ツアーバスが次々とやってきたりして・・・恐るべし!「花子とアン」効果。
そこに便乗してしまった私達でした。
「伝助さんは今、どこにいらっしゃるの?」とお聞きしたら、「ただ今は、東京へ出張中です」ですって。
堂に入った説明ぶり、ノリの良いスタッフさん達。飯塚市の観光協会の方々のお話はもっと伺いたかったのですけど・・・。
どこから来たのか尋ねられたので、「栃木から来ました」と答えたら、「え、え~~~!?」だって。
そこまで驚かなくても良いのに[あせあせ(飛び散る汗)]
http://www.kankou-iizuka.jp/denemon/

テレビって内容がどうであれ(花子とアンは毎朝、面白く見ていました。比べても現在放送中の〇ッ〇ンのつまらない事)・・・それらに関わらず、スゴイ集客力だなぁ~って思ったのが、正直な感想です。
これまでも新潟県内にある豪農の館、歴史ある老舗旅館の建物。日光には旧御用邸の建物、比べてはいけませんがありますしね。
早め早めの行動をしないと気がすまない夫、空港へと急ぐことにします。

空港前でレンタカーの返却を済ませて。。
しかし大きな福岡空港の中を、端から端まで歩いてチェックインを。その後は、博多名物の「博多通りもん」や梅が枝餅、母へは「かるかん」等買っていたら、迫っていた搭乗時刻。
椅子に腰かける間もなく、機内へ・・・って、ああ、忙しい[ダッシュ(走り出すさま)]

でも今回も楽しかった[るんるん]

訪ねた土地、土地はどこも温かで・・・すでに黄色い菜の花が咲いていた。

連日眺めていた・・・見あきる事のない、玄界灘や大村湾沿いの海辺の景色。

初めての九州は、ただ行くだけ。行けば良いくらいに・・・ノープランで行ってしまった。
機内で考え、夜のホテルで翌日の日程を決めようくらいの気持ちで遊んだ、福岡~長崎への旅でしたけれど。。
しかしこれで終わりって訳じゃない。
終わりは、始まりってよく言われる事。今はまたひとつ、「新たな・・・目標」が出来たと思っているのです。
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冬の九州へ・・・⑯関門海峡です [2015・1月福岡・佐賀・長崎]

          関門海峡1.jpg
関門海峡のシンボルともいえる関門橋は、昭和48年に開通をした。
橋の全長は1,068m、海面からの高さ61m。
これは海を渡った、壇之浦PAから撮ったものです。
5年の工期、当時最先端の技術を駆使して1973年に完成。完成当時は東洋一長い大吊橋であった。

私が訪れた時はご覧の通り・・・関門橋の橋の台部、隣接する壇之浦高架橋のリフレッシュ工事中なのでした。


こちらは、完成まで21年の歳月がかかったとの・・・関門トンネル。
そう、行きはトンネルを使ってのドライブルートです。
     関門海峡2.jpg
門司港側のトンネルの入口は、「ふぐ」が口をあけたユニークなイラストが特徴。

関門海峡は本州西端の下関市と、九州の北端、北九州市門司区間の海峡です。
名称は両岸の地名である・・・馬関の「関=かん」と、門司の「門=もん」を取ったものだと言う。「馬関」とは、下関市の昔の呼び名。

トンネルが完成したのは昭和33年3月だそうです。。・・・と言う事は戦前から造り続けていたのですね。
全長3461m、海底部780m、自動車道の幅は7.5m、人道が4mです。
二重構造になっているトンネル内は、上 が車、下が人道となっているとか。 世界的にも珍しい歩行者用海底トンネルの、歩行者だけ無料で通行出来るとか。
トンネルの人道を踏破した記念には「関門TOPPA!記念証」も頂ける・・・との、人気の高い道だそうです。
ちなみに普通車料金も、お安い150円なり。

ゆるやかな下り坂を下って、壁側に表示される県境の表示に注目!たぶん最深地点が?福岡と山口の両県境。
関門海峡3.jpg
やったぁ[グッド(上向き矢印)]初・山口県!この日の感動シーンのひとつです[グッド(上向き矢印)]

その後ゆるやかな上りとなって下関側の出口に出る行程は、チョッと長めのトンネルといった感じを受けた。車で走るとホントに短時間であっと言う間なのでした。


          関門海峡4.jpg
ここから先は、中国自動車道に上がって。
このまま真っ直ぐ本州をを東側へ行ってしまうのも、魅力よね。

関門海峡5.jpg
門司港で関門海峡を前にした時、対岸の山口県がすぐそこに見えることに驚きを覚えた・・・私達。
海峡の最もくびれた部分はわずかに700メートルほど。そこにこの関門橋が架かっているのです。

本州最西端のパーキングエリアは、「壇之浦PA」。
壇ノ浦というと真っ先に思うのが、源平の戦いで平家が滅亡した「壇ノ浦の合戦」。
目の前の海が血の色に変わったであろう戦いの場です。しかしここから往時に思いを巡らせてみても・・・それだけは無理と言うもの。

この眺望の良さ[グッド(上向き矢印)]間近から見上げるようにして眺める関門橋はダイナミックそのものでした。

関門海峡6.jpg
広々とした展望広場から、海峡を望む。
眼前に広がる絶景[ぴかぴか(新しい)]
穏やかに吹く風、青空と・・・最高に気持ちいい[るんるん]
関門海峡7.jpg
一日に、大小700隻もの船が行き交う関門海峡。巨大な橋脚と、雄大な風景には癒されまする。


関門海峡8.jpg
関門海峡は大型船舶も航行する重要航路とされています。眺めていると、確かに大きな船が行き来する様は迫力があり、見飽きる事もなく。爽快な気分にもなれました。
先程までいた・・・門司の街並み。右端に見えるのは・・・門司港レトロ展望台の建物。

この場所は、海峡の景色を楽しめることは勿論・・・
高速のPAですから、地元特産品が食べられるレストランや、土産物店もあり。。

狭い海峡ながら海上交通の要という面から、関門海峡を渡る次の手段として建設されたのが、関門海峡大橋だそうです。

関門海峡9.jpg
また、中国自動車道と九州自動車道とを結ぶ・・・関門海峡大橋。
関門橋自体の距離は短めで、下関I.C→門司港I.Cまでの距離は4.3km、普通車料金は360円でした。

関門海峡10.jpg
渡り終えると、出口側へと分岐するレーンに到着する。

          関門海峡11.jpg
こうして見たら・・・つくづく日本て「島国」なんだなぁと思う。
この後行った沖縄もだけれど、本州も北海道も九州も、どこもみんな「島」なんだ。
これまで遊びに行った佐渡、沖縄、宮古島。淡路島に小豆島、近いところでは初島・・・と、皆好きだと思った。。

次回で、ようやく終わります。
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冬の九州へ・・・⑮小倉が生んだ清張文学と、小倉城 [2015・1月福岡・佐賀・長崎]

ホテルをチェックアウトしたあとは、北九州市内を西へ、隣りの小倉まで足を延ばしていました。

1909年(明治42年)小倉市(現・北九州市小倉北区に)で生れた、作家・松本清張の偉大な業績を伝える資料館「松本清張記念館」を訪ねる為です。
内部の撮影はしていませんの、以下文章のみの紹介となりますけど。。
小倉2.jpg

生家が貧しかったため義務教育しか受けられず…最初は給仕、印刷工など数々の職歴を経てのち・・・印刷工として朝日新聞西部支社に入社。
41歳で懸賞小説に応募、入選した「西郷札」が直木賞候補となり、1953(昭和28)年に「或る「小倉日記」伝」で芥川賞受賞。
どちらも随分前に読んだものながら・・・
地元を小倉を舞台に、森鷗外が軍医として小倉に赴任していた3年間の日記、「小倉日記」の行方を探すことに生涯を捧げた田上耕作の生涯を描いたもの。
この主人公は生まれつきの障害で片足が麻痺しており、口が開いたままで言葉もうまく喋れない。しかし知的障害はなくむしろ優れた頭脳をもっている。
彼と母親との二人で歩んだ、孤独で短い生涯の悲哀を描いた短編小説である。

1958年の「点と線」は推理小説界に新風を吹き込んで、清張文学の代表作となりました。
当時としては意表をついた殺人トリック、アリバイ工作など、本作により社会派推理小説に新ジャンルを築いた・・・清張の功績は大きなものと思えます。
本作に登場する地名=香椎、JR(当時は国鉄)香椎駅は事件の発端となるところ。殺害現場とみられるのも博多湾なのであった。
海ノ中道へのドライブ中、「香椎」の地名にひっかかったのは・・・今になって思えばそれでだったのだろうか。

「ゼロの焦点」「砂の器」「波の塔」「霧の旗」「球形の荒野」「けものみち」等・・・以上の作品群からは、いずれも昭和30年代初期のムードが色濃く漂うものの・・登場人物達の感情、心理描写の鋭さ、人のもつ先入観による盲点をついた表現など。
社会に潜む恐ろしさを描いた作品は、時代が変わろうとも色褪せない魅力に満ちたものと感じます。
だからこそ、現在でも映画化、テレビドラマ化され続けているのでしょう。理屈抜きに読者の心を掴んでしまう魅力があるのです。

亡くなるまで執筆し続けた、約700冊とも言われる著書の数々。
作家としての活動時期が遅かったに関わらず、生涯を通じて旺盛な創作活動を展開し、その範囲は古代から現代まで多岐にわたったのである。

館内には清張の仕事部屋が再現されているほか、創作活動や人物像を遺品や映像などで紹介している。
亡くなってからすでに20年以上も経つと言うのに、その作品群は色あせない、現代を生きる我々の中でも生き続けているかに思えるのです。
http://www.kid.ne.jp/seicho/html/

          小倉1.jpg
地下一階のミュージアムショップで、お土産として文庫本を二冊購入してきました。
迷った末に、読んだ事のない…逃れられない過去に囚われ続けしか生きる術のない「無宿人別帳」。「松本清張傑作選より、浅田次郎セレクション 悪党たちの懺悔録」。
こちらで本を求めると、嬉しい事に・・・このようなオリジナルカバーをかけてもらえるのです。


関門海峡に面した小倉は陸海の交通の要として、古くから砦や城が構えられた土地。この地を抑えるために繰りひろげられた、多くの豪族たちの攻防の地でもありました。
          小倉3.jpg
小倉城は戦国時代に毛利氏が城を築いたことに始まって、江戸時代は小笠原氏の居城となりました。城下町は、城をランドマークとしながら九州の各地に向かう街道の起点としての発展をし・・・・。
第二次大戦後は米国に接収されましたが、1957年に解除され、1959年市民の熱望によって天守閣が再建されました。
小倉城の天守閣は「唐造り(からづくり)の天守」と呼ばれ、四階と五階の間に屋根のひさしがなく、五階が四階よりも大きくなっているのが特徴だそうです。
小倉4.jpg
http://www.kid.ne.jp/kokurajou/html/index.html

小倉5.jpg
小倉城の天守閣からは、360度ぐるりと小倉の街が見渡せました。
車椅子使用者とか、私の様に足が不自由だと天守閣まで上がって見られるお城は限られてしまうものながら・・・ここ小倉城は一人用の椅子式リフトがあり、利用したら天守閣から眺めるのもOK!
上がる途中に付き添ったスタッフのお姉さんに「どこからですか?」と聞かれて「栃木です」と答えても??
イマイチな反応から、「栃木は東京より、少しだけ北にあるところよ。」
「東京へは遊びに行った事はありますか?」と聞いてみましたら「はい、一度だけ。人も車も凄くてビックリしました。東京に近いって、良いですね」ですって。

それから5階の展望室で目立っていたのは、東南アジアから来たと思しき若者達。
関東では都内や箱根を別として、そう見かける事のないC国人の人の多さに、九州では驚きっぱなしでいたのだけれど。。

     小倉6.jpg
聞けば、彼らはラオスからやってきた大学生で、市内でホームスティしているのだと言う。
女の子たちの恰好は、ダウンの下にシルク製の民族衣装っぽい装いをしているのです。
展望台からの眺めよりも、設置されている自販機のアイスを買って食べる方に興味シンシンて感じで。。一斉に群がっている様子が可愛い[るんるん]
アイスが出てこないって・・・呼ばれたスタッフさんは、アイス売り場のお姉さんに変身[あせあせ(飛び散る汗)]

帰り際、面倒だから階段を使ってしまった私。
一段ずつ降りていたら、一人の女の子がそっと控えめに「May I help you?」って[揺れるハート]
はーい、大丈夫だけど・・・「Thank you.」です[グッド(上向き矢印)]
北九州は想像以上に、国際都市なのですね。

※購入した二冊は、帰宅後すぐに読み終えてしまいました。
文章の達人、浅田次郎をして・・・松本清張は「怪人だ」と言わしめた著者。
手にしたら最後、最後まで読み続けてしまうストーリー展開。背景となる時代の景色、空気まで読みとれるかのように・・・引き込まれてしまう文章。
登場人物達のもつ性格や行動を元に、造りだす卓越した人物造形。
我々読者の心を掴んで離さないストーリー性は・・・まさに「怪人」の名に恥じないものと改めて思った次第です。
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冬の九州へ・・・⑭門司港駅と、門司名物・焼きカレー [2015・1月福岡・佐賀・長崎]

九州鉄道は1891(明治24年)門司港を基点に、高瀬駅(今の玉名駅)まで開通しました。それが九州における鉄道の幕開けであり、以後門司港は九州地方の陸の玄関口として大いに繁栄を続けました。

駅前の駐車場に車を置き駅舎まで。
フロントに置かれていたパンフレットを見て、時間的にもちょうど良かった事から、門司港レトロ地区と関門海峡和布刈地区とを結ぶ観光路線観光列車「 トロッコ潮風号」に乗ろうとしたのです。
閉まっていたから変だと思ったら、観光列車だけに11月までと期間限定の乗車のよう。。。
  
          門司駅1.jpg
1914年(大正3年)開業の・・・ 駅舎そのものが国の重要文化財である、JR門司港駅です。
しかし私達が訪れた時、駅舎は仮囲いが設置された。改修工事の最中でした。
イタリアのテルミニ駅を参考に造られた、左右対称のルネッサンス様式の美しい駅だと言う。
テルミニ駅はイタリア・ローマの玄関口であり、映画「終着駅」の舞台となったところです。
気になる方は、こちらを→http://www.adnet.jp/nikkei/kindai/08/

改札口手前の通路で、小さな古い水のみ場を発見。
          門司駅4.jpg
水のみ場の開設は、門司港駅の開設された年まで遡る。
この場所を行き来きした人々は、構内のこの場所で水を飲んで旅の疲れを癒したのでしょう。
特に第二次世界大戦が終わってのちは・・・復員兵や大陸からの引揚げ者が、門司に上陸出来た安堵の思いで喉をうるおした・・・その事から、誰が言うともなく「帰り水」と称されるようになりました。

門司駅3.jpg
駅舎そのものが国の重要文化財であるのも納得される・・・戦前の古い部屋、施設、調度を含めてうまく転用した待合所やホーム。。
ここに佇んだら、気分が大正から昭和初期へとタイムスリップするのは間違いなし。
太い鉄骨の梁や柱は、まさに「西洋」そのもの。
八幡製鉄所をこの地が背景に抱えていたのも関係するだろう。

切符売り場にしても、右から左へと読んでいく旧字体が使われています。駅員さんはJR九州の制服とは違う、黒い詰襟姿。

          門司駅2.jpg
開業当時の鉄道員の制服を再現、着用しているのです。写真を撮らせてとお願いしてみたら、こんな素敵なお顔で応えてくれました。(目の部分だけ一部モザをかけていますが・・・)
また女性駅員さんは袴姿だそうです。
ただし改札口だけは現代、色あいは抑えてあるものの自動改札なのでした。
昭和二十年代最後に生まれた私でさえ、ほとんど記憶していない光景。
それなのに懐かしい思いが・・・。
この駅に降りたった時の人々の悲哀、心の奥底に秘めた温かさ。ぬくもりも。。。

大正の世から周囲の変貌はあったが・・・1942年の関門トンネルの開通により、駅自体も変わらずをえなくなった門司港駅。
トンネルの出口が隣の大里駅構内だった事から、それを機に「門司駅」は「門司港駅」と改称されて・・・大里駅が新しい「門司駅」となり、現在に至っているのである。

門司駅5.jpg
「旧門司三井倶楽部」の建物。
突然ですが・・・門司港の「焼きカレー」と言えば、ご当地グルメ。私は知らなかったけど、有名だそうです。
時間経過としては、午前中に小倉まで足を延ばしているのですけれど・・・そちらについては、次回に。

港周辺では至る所に「焼きカレー」の幟がはためいて、30店舗以上の店舗で焼きカレーが提供されていると言う。
門司港の名物料理として親しまれた「焼きカレーは、MAPが作成されるほどご当地グルメとして定着しているのです。
焼きカレー専門店「伽哩本舗 門司港レトロ店」は、焼きカレーブームの火付け役ともなった有名店。
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平日のお昼時だけにサラリーマンさんの姿、またそのほか観光客も多く来店していました。
平日だったから待たずに食べられたのですね。
門司駅8.jpg
客足が途絶えた時にササッと一枚[カメラ]写っていないけど左側の窓際に座れたら、素晴らしいロケーションも楽しめますよ。

門司駅7.jpg    門司駅9.jpg
ご飯にカレーソースをかけて、卵。そしてチーズをのせてグラタン・ドリア風にオーブンで焼いた料理が「焼きカレー」。
平日ランチの、日替わりをオーダーしました。カボチャとキノコのカレーだったかと思います。
オーダーの時に辛さの度合いを尋ねられますが、私は「普通」でお願いしました。
香しくて、最後まで美味しく食べられる・・・私の様に食べるのがユックリでも、最後まで熱い焼きカレー。テーブルの上のスパイスを加えて辛さを変えるのも可能。
カレーに、卵にチーズとカロリーは高いけど・・・もうチョッと食べたかったかもって思った[るんるん]

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とても気持ちの良い青空の下、海辺の眺めは眩しいくらいでした[ぴかぴか(新しい)]

こちらも同じく、カレー店の前から写した「旧大阪商船」の建物。
大正6年に建てられた大阪商船門司支店を復元したとの、八角形の塔と鮮やかなオレンジ色の煉瓦の外壁が目立っていました。
その先の突き当りに見えるのが、門司港ホテルです。
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街中のどこに目をやっても、レトロなムードが満喫出来る!
往時のの面影を偲ばせる古い街並みをうまく活かして、都市型観光地をめざした「門司港レトロ」。
福岡で産出された石炭と、そこで働く人々の労働で栄えた港町は、海峡を望むオシャレな街に変身したのです。しかしそこに身をおいてみると、それだけでは言いあらわせない独特なムードが感じられるのでした。



旧九州鉄道の本社屋として使われていた建物を保存して、九州の鉄道にまつわる資料や備品を展示した。
建物外には九州で活躍していた車両が展示されている、九州の鉄道の歴史や文化を学べる・・・九州鉄道記念館は、次回の宿題に。。
足を伸ばせば、関門海峡を挟んで山口まで行き来できる…土地なのでした。
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冬の九州へ・・・⑬一番太鼓さんへ [2015・1月福岡・佐賀・長崎]

門司港レトロとは・・・JR門司港駅周辺地域の総称です。
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門司は小ぢんまりとした街、ただ佇むだけで懐かしさが感じられて。。ほのぼのした気持ちになれる・・・素敵なムードの街なのでした。
夜の散策をした後・・・夕ご飯をかねて呑みに行ったのは、ホテルのフロントでお勧めされた・・・アーケード内の飲み屋さん「一番太鼓門司本店」。
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こちらのお店は店のサイト、食べログに掲載の内容、どちらも炉端焼き・・・となっていますが、今は普通の居酒屋さんです。
・・・と言うのも、かつて店の中央が炉端焼きスペースになって、炉端焼き店として営業をしていたからだそう。。
それは外観のムードからも伺えるものでした。

ショーケースの側のカウンター席と、それを囲むように並ぶボックス席。
掘りごたつ式のボックス席でいただきましょう。
最近、SAKEにハマっている私達、ここは当然日本酒で。お通しはなんだったかしら?
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普通のサラダなんだけど、かかっている胡麻ドレッシングがとにかく濃厚で美味しかった[グッド(上向き矢印)]

ここへ来たら・・・当然、これは頼むでしょう!
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関門海峡のフグです。
隣接する山口は本州最西端に位置する県、両県は関門海峡を挟んだ本州と九州を結ぶ西日本の交通の要でもありますが・・・そんな関門海峡の街、下関は日本一のふぐの取り扱いで有名なところ。
下関と言えば、日本一の「ふく」の水揚げ港です。
ぎゅっと締まった身、海の香りを秘めたような・・・上品な味わい。ふくの本場ならではの極上のふくの味[ぴかぴか(新しい)]
今思えば、唐戸市場へも行っておけば良かったわぁ[あせあせ(飛び散る汗)]
桟橋から連絡船が出ているのを、後で知ったのでした。

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アラカブの煮付けと、唐揚げです。アラカブとは・・・. 一般的にはカサゴの一種、フサカサゴ科の魚のことらしいです。
柔らかな身、白身のお魚らしくアッサリとした味わいです。

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なぜか夫がオーダーした、揚げだし豆腐。保守的な夫は、常に食べなれたものを好みます。
それまで知らないでいたもの、初めてのものに興味津々である私と、タイプが対極なんです。
串揚げの盛り合わせ、これはテッパンですからね。

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ママさんお勧めのゴボウ揚げ、ゴボウ天のようなものを想像していたけど、これはそのまんまゴボウそのもの。
細く長くスライスしたゴボウの風味が活きた一皿は、カルカリ、ぱりぱりの食感でした。・・・かなり食べでがあって美味しいけど残しちゃった。

〆に頼んだおにぎりの大きかった事!あ、これ一個食べてしまってます。
日本酒のお代わりをして、ビールも飲んでいたから、もうお腹がいっぱい。

最初、お隣の席が酔っ払いさんで賑やかなお店だなぁなどと・・・あまり気乗りのしないムードであったに関わらず。。
同年代らしき接客係のお姉さんと話していく内に、彼女は店のママであり、私より8コ(も)若いって判明したのでした。
ここ門司の話を色々伺ったり、私達が初九州であり、また栃木からやってきた事など。
少しずつ話が弾んでいって、接客の合間に度々きてくれては、ずっとお喋りをしてしまったのだ。
九州からしたら、栃木ってどこ?雪降っているでしょう?って東北と間違えられてしまうのは、こちらだけに限らない。この日まで訪問した至るところで言われたのでした。
お店の紹介記事を自分のブログに、また「食べログ」の方へも書くからねと約束してきてしまった。
JUNママ、こうして約束は果たせましたよ~!
そして、また門司へ。一番太鼓さんへの訪問も忘れませんので、待っていてくださいね[るんるん]
http://www.ichibandaiko.com/
一番太鼓 門司本店
夜総合点★★★☆☆ 3.5


関連ランキング:ろばた焼き | 出光美術館駅九州鉄道記念館駅門司港駅




翌朝はホテル内のレストランで、…と言ってもそれほど広くも、立派でもない。
パンとお替りOK!のコーヒー、サラダに茹で卵がセットになった、コンチネンタルスタイルの朝食でした。
バーにいるようなムードのBGMの中、美味しくて気持ちの良い一時。
チェックアウト時には、先の居酒屋のママが「イケメンの支配人さんがいるホテル」と話していた・・・その場では、本当にそんな人いたかなぁと思ったものの、最後に支配人のお顔が見られて良かった。
爽やか系のイケメン支配人さんの適切な応対は、小さくてボロいホテルに関わらず気持ちの良いものだった。
たった一泊の滞在でしたが、思い出深い一夜となりました[グッド(上向き矢印)]
http://www.portmoji.co.jp/
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冬の九州へ・・・⑫門司港レトロです [2015・1月福岡・佐賀・長崎]

ホテルから海沿いを目指して歩けば、そこはノスタルジックな街並みが続く、門司港レトロ地区。
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歴史を感じさせる「旧門司三井倶楽部」や「旧門司税関」など建ち並ぶ、街並みを眺めながら・・・そぞろ歩きを楽しみました。
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門司港の開港は明治22年(1889年)。
北九州の工業地域と結びついた・・・大陸貿易の基地となり、最盛期には一か月間に200隻近い外航客船が入港、国内航路を含めたら年間600万人近い乗降客があった言います。
かつて国際貿易港として栄えた門司港には、往時の面影を偲ばせる古い街並みが残されていました。
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古い街並みと新しい都市機能をミックスさせた都市型観光地をめざした…その全てに対してのネーミングが「門司港レトロ」。
門司で初めてとなる高層建築ながら、100年後はこの街並みの仲間入りをしているのだろうか。

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門司港レトロ展望室前に建つ、「国際友好記念図書館」。
明治35年に帝政ロシアが中国大連市に建設した、東清鉄道オフィス。北九州市と大連市の友好都市締結15周年を記念して複製建築したものとか。
1階はレストラン、2階は中国・東アジアの文献を収蔵した図書館だそうです。

ビルの31階にある、展望室カフェテリアで。門司港のホテルに泊まると、展望室の入館が割安に。無料のドリンクサービスが受けられるみたいで・・・夕暮れと共に我々同様、展望室へとやってくる観光客の姿が多くありました。
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ワンドリンクサービス、私はメロンソーダをチョイス。ふふふ・・・こういう時はお子様なの。
本当は「バナナ紅茶」が良かったのだけど、それはダメですですって。

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ここからは門司港全体を眼下に一望できるばかりでなく・・・。
「ブルーウィングもじ」と名付けられた「はね橋」も。屋内が見苦しく映りこんでしまって失礼。

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関門海峡、さらに対岸の下関市までのパノラマが楽しめるのでした。
この時目にした、意外な程近くにある関門海峡大橋の姿。「こんなに近い訳?明日、橋を渡って山口まで行ってみよう」…と夫。

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都会で観るイルミネーション程の華やかさには欠ける・・・門司港の夜景。
歩いている人もほとんどいなくて、寂しかったけれど、それさえ旅情と結びつきました。
そこには冷たく降る雨も一役かっていた。なーんてね。
続く。。
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冬の九州へ・・・⑪九州の玄関口、門司へ [2015・1月福岡・佐賀・長崎]

サラリと長崎観光をした後は、220キロ超えの・・・九州横断。
途中の道中で経過を見ながら、最初はまたも大村湾沿いを・・・長崎から佐賀へは下道を走って行きました。
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国道34号線と205号線が交わる付近で出会ったのは道の駅「そのぎの荘」。東彼杵町のこんじまりした道の駅です。
道の駅は、大村湾でとれる海産物が販売されていました。
こちらで目立ったのはクジラです。長崎、佐賀は…昔から鯨食文化が伝わり続けてきた土地なのでしょうね。
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冷凍ショーケースの大量のクジラ肉、棚に並ぶ「くじらの大和煮」缶。

また彼杵は大村湾に面した傾斜地を利用した、そのぎ茶と、ミカンの里。
福岡で買ったポンカンの味の良さにスッカリ気をよくした私達、ここでまたミカンを買い求めてしまったのでした。
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一般的な青島みかんと、11月から3月が旬との・・・スイートスプリング(温州みかんと八朔を掛け合わせた)の二種類をごっそり大人買い[るんるん]
しかし…ここだけの話。志賀島のポンカンの味には到底及ばず。
価格も安かったのだから仕方がないけど、お値段と品質ってやはり比例するものです[あせあせ(飛び散る汗)]

嬉野インターからは高速の長崎自動車道道路を使って。。

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そうしたら偶然、突然、目の前に現れた・・・「虹」です。
普段あまり家から出ない事もあり、こうして虹のかけ橋を見るのはなんと久しぶり!
雨が止んだ直後と、日射。太陽の高度が低い夕方に多く観られる、綺麗な虹[ぴかぴか(新しい)]

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何枚か撮っている間にぼんやりとしてきてしまったのだけれど・・・天空からの不思議なプレゼント、ラッキーチャンスをありがとう[グッド(上向き矢印)]

門司で泊まるのは、門司だけに門司港ホテルと言いたいところながら・・・これまた宿泊料金を抑えた小さなホテルなんです。敷地内の駐車スペースも小さそうだから、そう遅くならない時刻に到着をしたいなって。
宿泊先の「ホテルポート門司」はリーズナブルなお値段だったので、正直期待はしていなかったのですが・・・。お部屋、バスルーム共に広く…。
予約していたのは最もリーズナブルな部屋であったのに関わらず、まさかのアップデート・・・と言っても大した事ないですけどね。。。

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フリードリンク2本がサービスで置かれた角部屋です。
手前のソファスペースでユックリとくつろぐ事も出来ましたし、またホテルからは門司港レトロの全てが徒歩圏内という立地の良さなのでした。

門司と言えば台湾バナナの輸入港、バナナのたたき売り発祥の地・・・くらいの認識しかなかった私。だから街中に入った時にも寂れたサエナイ街ね…くらいにしか思えずにいた。

しかしそんな中で、楽しみにしていたのがこれ!
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クリスマス、カウントダウン以降の2月まで開催されている、門司港レトロイルミネーションです。
JR門司港駅、マリンゲート、ウォーターフロントプロムナード等。

かつて国際貿易港として栄えた門司港には、当時の面影を偲ばせる古い街並みが今でも残されています。
古い街並みと新しい都市機能をミックスさせた都市型観光地をめざして・・・
歴史的建造物群が形成する古い街並みに、新たな都市機能と観光要素を融合させるという試みで整備されたが・・・門司港レトロ地区。http://www.retro-mojiko.jp/

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門司港レトロ観光開発のためにく築造された建物群。
一際目立つ 「門司港レトロ展望室」は、黒川紀章氏設計の高層マンションの31階部分に設けられた展望室。
高さ103mの展望室からは、関門海峡や眼下の門司港レトロの街並みを一望。大パノラマで観ることが出来ました。
九州の北端と本州西端との間に位置する関門海峡は・・・西の日本海、東の瀬戸内海・周防灘のふたつの海を結ぶ海峡です。
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冬の九州へ・・・⑩長崎なのに、短いのだ [2015・1月福岡・佐賀・長崎]

暦の上では「立春」も過ぎ・・・とは言え、現実にはこれから迎える・・・冬本番。
・・・という事で今頃の季節、遊びに行くとしたら温かいところがいいですね・・・。
今月初めから一昨日までは、沖縄へGO~!しておりました。
そう、相変わらず懲りない私。。避暑ならぬ、思いついての「避寒」でした。
・・・とその前にまず、途中だった九州旅行記を書いてしまわねば。。

ハウステンボスのイルミネーションの後、泊まったのは佐世保市内の弓張岳の中腹にあるホテル。
そして翌日向かう先の長崎でしたが、距離感が全くつかめずに組んだスケジュールゆえ、佐世保と長崎もまた思っていた以上に離れているのであった。
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佐世保湾、九十九島から・・・大村湾沿いの風景を眺めつつのドライブ。

長崎と言えば、誰もが知る美しい夜景の代名詞もながら・・・豊臣秀吉が禁止令をだしたのち、長く続いた江戸時代。そして新政府となった明治を迎えてからも続いた・・・キリシタン達が歩んだ過酷な運命の地でもあります。
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元治元年(1864)に竣工し翌年に献堂式がおこなわれた・・・大浦天主堂の正式名は「日本二十六聖殉教者天主堂」。

フランス人神父によって、西坂の丘で殉教していった26聖人へ祈りを捧げるために建てられた教会堂だと言う。そのため建物の正面は西坂の丘に向けられ建てられている。
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聖母マリア像の後ろ側から…失礼。長崎市内を見下ろす高台にあります。
だからそこまでの行程、私的にはキツイものが[あせあせ(飛び散る汗)]
中世ヨーロッパ建築を代表とするゴシック調の教会は、現存する木造教会では日本最古のもの。昭和8年(1933)に国宝に指定されました。

内部は100年前のフランス製ステンドグラスが配されていたが、創建時にフランスの修道院から寄贈された正面祭壇中央のキリスト聖画像と共に、その多くは原爆によって大破。
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現在は、当時のステンドグラスと復元されたものとが混在して・・・美しい光を堂内に集め、祈りの空間をつくり出しているのです。
こちらも当然、入館する前に外から[カメラ]
禁教令のもとで潜伏していた信徒を発見した・・・教会としても、世界的に名高いと言われてます。

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大浦天主堂に隣接する旧羅典神学校横の樹木に覆われた細い道を通り抜けると、グラバー園の入口へと出る。大浦天主堂の観覧後にグラバー園へ向かう順路のひとつです。

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スコットランドから渡来したトーマス・ブレーク・グラバーが、ここ南山手の丘に住まいを建設したのは1863年のこと。
大洋の波涛を越えて日本の地へ、夢を抱いてやってきた異国の商人たち。

100年以上たった今もここには、グラバーと家族が暮らした当時の記憶。共に長崎を愛し長崎に暮らした貿易商たちの邸宅が形を変えことなく残されているのです。
約3万平方mの敷地内に、居留地時代から現存する国指定重要文化財の旧グラバー住宅、旧リンガー住宅、旧オルト住宅のほか、市内に点在していた6棟の洋館を移築・復元。
文久3年(1863)に建てられた旧グラバー住宅は現存する日本最古の木造洋風建築で、上から見ると四つ葉のクローバー型の屋根が特徴的。
トーマス・ブレーク・グラバーの旧邸内では遺品などが展示されていました。また志士達が密談したといわれている隠し部屋も見どころのひとつ。
倒幕の野望に燃える幕末の志士たち、西洋の学問を志す日本の若者たちも集ったのである。

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園内の展望台からは長崎港を一望す。。
グラバー園と言えば、ハートストーン。・・・くらいの予備知識はあったものの、それを特定するまでは至らず。
それでも何とか見っけ[目]
該当するものかどうかは不明ながら・・・これが、私の[黒ハート]ストーン。
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これまで大変な事は多く経験しているのだから。。これからは自力で幸福を掴み取ってやる。なーんてね。でもホントよ[グッド(上向き矢印)]
この二か所を見た後、次はどこ行こうかな・・・などと思っている気持ちも知らず、夫は「またあちこち駐車場を探して歩くのは疲れた。」
「路面電車の走っているところは、走りづらくて嫌なんだ」ですって。
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そんなこんなでせっかくの初・長崎に関わらず、残りは車中から眺めただけ[バッド(下向き矢印)]

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カステラの文明堂さん本店、大きく風格のある建物はサスガと思わされます。
鎖国の最中、国内唯一の交易の窓口であった「出島」と呼ばれた一帯、坂本竜馬でお馴染み「亀山社中」も。

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「眼鏡橋」だけは下りて、写真を撮ってきました。
急ぎ足で駆け抜けた長崎観光。
それでも当時の長崎の街のムードは、日本の新しい夜明けを夢見る人々の熱気であふれていたと想像されました。
長崎の皆様、本当にホント、ごめんあそばせ[たらーっ(汗)]
次回はもっとチャンとした訪問を心に誓う、わたくしめでございます。
しかしこの日のスケジュールは旅の最中としても最もハードな、長崎~門司へと220キロを超える九州横断の弾丸ツアー[ダッシュ(走り出すさま)]
そちらについては、次回へと続きます。
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2015年は「イチゴの年」 [食]

2015年は、「イチゴの年」。
2015=20 15(イチゴ)ということで・・・100年に一度のイチゴイヤーなのだそう[かわいい]
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プックリふくれた真っ赤なイチゴの一粒・・・
肥沃な大地と太陽の恵みそのものである。
イチゴの王様「とちおとめ」は、多品種にひけをとらない粒の大きさ、果汁タップリのジューシーな味わいが身上。
先代品種の「女峰」の良さを受け継いだイチゴ界のサラブレッドは、名実ともにイチゴの代名詞的な存在であり。
程よい酸味が、味わいにも華やかさを添えているのです。
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年明けから春先まではイチゴのシーズンなので、スイーツ業界は例年以上に盛り上がること間違いなし。
乙女心をくすぐる・・・赤くて可愛いいイチゴのスイーツから、珍しい品種のイチゴを使ったものまで。。
・・・という訳で我が家も、パティスリーメルシーで「とちおとめロール」を買ってきました。

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写真ウツリはイマイチながら・・・。

こちらのケーキが美味しい理由・・・その第一は、卵明舎の高級卵「魔宝卵ゴールド」をたっぷり使ったシフォン生地である事。
全国的にも知られるパティスリー・キハチさんの、キハチロールにも卵明舎さんの卵が使われていると言います。
そして契約農家から提供された食材、採りたてフレッシュなとちおとめを。
とちおとめイチゴはオリジナルブレンドの生クリームに包まれて、仕上げられているのです。
この手作りっぽさ、素朴なムードがまた良いのよ[るんるん][るんるん][るんるん]
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彩りを添えて・・・♪ [徒然]

今日、2月3日は「節分」ですね。
「節分」は・・・立春・立夏・立冬の前日をさす言葉。
しかし一般的には「節分」と言ったら、立春の節分を指すものとなっています。

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クリーム色のガーベラ、ピンクのカーネーション。紫のスターチス。スターチスにはハナハマサジの別名、花色も・・・紫、赤、青、黄色といろいろ。
花屋さんでよく見かける、ホワイトレースフラワーを添えて。

プリムラの寄せ植えは、玄関先に置いておいたところ・・・余程餌がないのか、花弁を皆庭にきた鳥達に食べられてしまうのです。
薄くて柔らかだから、美味しいのかな。
そこでリビングの出窓に避難させちゃいました。

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そうしたら、見事に復活!
花弁が全くなくて丸坊主状態であったものが⇒可愛い花色が咲きほこっております。
こうなったら、もう外へ出したくないわ。

九州旅行がまだ終わらないと言うのに、(実際にはもうとっくに終えて帰って来てしまっているのですけれどね。)
自己満足の世界ながら・・・まだもう少しだけレポを書き続けたいのだから、帰宅後に再開致します。

すでにお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、今、南の地へ旅行中なり[ダッシュ(走り出すさま)]

週末には私、帰って参りますので。。。

真冬の厳しい寒さは続くものの・・・
花屋さんの店先には、早春の花々が次々と並ぶ。
ささやかに季節を先取りして、しばらくの間は楽しんでまいりましょうね[るんるん]
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冬の九州へ・・・⑨ハウステンボスⅡ1,100万球のイルミネーション [2015・1月福岡・佐賀・長崎]

ブログでの流れ、お話が前後してしまうのですが・・・
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佐世保のホテルへ行く前の、ハウステンボスリゾートのレポの続きです。

今回は、園内で開催された「光の王国」を紹介させて頂きますね。
「光の王国」を見る。それがハウステンボス来園の一番の目的でした。

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シンボルタワー「ドムトールン」の展望室から眺めた・・・トップは、ハーバータウンの景色。
そして、アムステルダム広場です。

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園内の光景、はいつの間にか・・・夕暮れからすっかり夜色に。。
この「ドルトールン」の高さは80mだそうです。
タワーの上から・・・・目の前には、鮮やかな光の世界が広がっていました。
街全体がイルミネーションで飾られています。
今上がっている塔「ドムトールン」自体も、イルミネーションが施されていて・・・時間とともに色が変化するのです。

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そうする内に、「パレードが始まる時間ですよ」って・・・。

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園内を練り歩く・・・様々な灯りに彩られた・・・乗り物、人、遊具達。

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光の自転車や光のトレインに乗って、または踊りながら歩く人の姿も。

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リズミカルな音楽に合わせて、しかしユックリ、ユックリと・・・。

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一か所に佇んでいるだけでも、こうして見ることが出来たのです。
音と、光と、楽しげなリズムにのって[るんるん]
でも、言ってしまうなら・・・ただソレだけ。スケールの小ささは否めません[あせあせ(飛び散る汗)]
参加されているスタッフさん達は、それなりに頑張っていると思いました。

こんな下手な写真を並べておいて、よく言うわねって思われてしまうのは仕方のない事だけど[バッド(下向き矢印)]


気を取り直して・・・。
世界最大級1100万級の輝き・・・「光の王国」には、もうひとつのお楽しみがあります[るんるん]
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運河を舞台に、色、形を変える世界初の運河イルミネーションショー[ぴかぴか(新しい)]
以下どれも、船内から撮ったものです。
…ちなみに、この乗船も別料金がかかりました。

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場内を流れる運河が・・・新たな光のスポットなのです。
水中から虹色に輝く・・・船が通る度に上がる光の噴水。

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船から眺める景色も幻想的、イルミネーションの光が運河の水面に映る様子も綺麗でした。

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イルミネーションは限られた区間のみ。
これは船内からより、橋の上からとか眺める方が楽しめたかもしれない。
それでもじゅうぶん堪能する[ぴかぴか(新しい)]

来園したのが平日だったから・・・食事にしても口コミにあったような行列はなかったものの・・・シーズン的にも来園者の数の少なさが寂しかった。

夜景鑑定師が選ぶ全国イルミネーション第1位を獲得したとの・・・・ハウステンボス「光の王国」。
寒い中で見るイルミネーションは綺麗でしたが・・・TDLのディズニーシーに隣接する、ホテルミラコスタ宿泊での満足感には遠いものがあったような。。

街の中を散策して幻想的な光のショーを楽むには、徐々に激しくなってくる雨。そして強風と。。。
「光の王国」会場があるアートガーデンに立ち寄らず、帰って来てしまったのは悔やまれます。知らなかったのです。
案内が徹底していないと言うか、園内の広さの割りにスタッフの数が少ない。
全体を通して、ここは初心者にはわかりにくい構造・・・のように感じられました。
手作り感の感じられる可愛らしいイルミネーションはそこそこ良かっただけに、ハウステンボスの料金体制にはガッカリ[バッド(下向き矢印)]後味の悪さが残ってしまいました。

ゲートをくぐり駐車場へと戻る頃には、霙交じりの強風が吹き、もう飛ばされるのでは…と思った。
イルミネーション見物の為結構な距離を歩いたり、移動もあり・・・寒さと、疲れで、早くホテルへ行きたーいとなってしまうのは当然の流れです。
そこで・・・⑧番の弓張の丘ホテルへと続くのでした。.
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